誘惑に負けるのは、
意志が弱いからではない
やるべきことをやりきれない。目標があるのに、関係ないことに時間を使ってしまう。SNSをだらだら見て、気づいたら時間が溶けている。思っている以上にゲームをやってしまう。ダイエットしたいのに、カロリー爆弾に手が伸びる。こうなりたいという思いがあるのに、まあいいかと言って誘惑に負けちゃう。
元になった動画を撮った日も、目の前にハンバーガーとポテトがありました。僕の脳をバグらせるような匂いを放ってきます。
僕は自己管理オタクと本の帯に書かれるくらい、変態的なルーティンを発信しています。チャンネルは登録者16万人、総視聴は1,313万回になりました。その中で、結局いちばん大事なテーマが欲求のコントロールです。
こういうとき、よく言われる言葉があります。自分を律しろ。我慢しろ。誘惑に負けるな。意志を強く持て。1回は聞いたことがあるはずですし、自分に言い聞かせたこともあると思います。
そこで質問があります。我慢して自分を変えようとした結果、うまくいった人はいますか。完全に意志の力で誘惑を断ち切れた人は、いないんじゃないかと僕は思っています。
僕らは欲求のコントロールが、どこまで行っても苦手です。だから誘惑や欲求に対する捉え方を、根本から180°変えないと治りません。
結論を先に書きます。あのハンバーガーは、正直めっちゃ食べたかったです。それでも食べたい気持ちは持ったまま、行動としては食べないほうを選びました。僕が変えた1つは、これだけです。気持ちを消そうとするのをやめて、行動のほうだけを選ぶ。このあとに出てくる実況中継も環境づくりも、全部その補助です。
この記事は動画『【20分だけください】誘惑に負けてしまう人へ。たった1つの解決策』(3.0万回再生・2026年9月22日時点)をもとに構成しています。全編は20分です。
原因は、僕らが生きている世界が
豊かすぎること
多くの人は、自分は意志力が弱いからだと言います。違います。原因は自分の側だけではありません。
いちばん大きいのは、僕らが生きている世界が豊かすぎることです。スマホを開けば、面白すぎる動画と、本能を刺激してくるショート動画が流れてきます。コンビニに行けば、美味しすぎるスイーツもジャンクフードもいくらでも手に入ります。お酒も、ギャンブルも、手軽に届きます。
本能にぶっ刺さるものほどビジネスとして伸びるので、世の中がそうなっていくのは当たり前です。欲望のままに生きていいですよ、と環境の側から許されている状態です。
ただ、人類の歴史から見れば当たり前のことではありません。僕らの先祖は狩をして生きていました。毎日が生きるか死ぬかで、野生動物と同じように暮らしていた時間のほうが、圧倒的に長い。その遺伝子を引き継いだまま、環境だけが変わりました。
| 昔の環境 | いまの環境 | |
|---|---|---|
| 食べもの | 手に入るときに食べておく必要があった | いつでも手に入る |
| 情報 | 身の回りの人から入るだけ | 開けば無限に流れてくる |
| 快楽 | 数が限られている | 選びきれないほどある |
| 受け継いだ体 | 狩をしていたころから、そう変わっていない | |
つまり理性と本能の戦いで、本能のほうが強すぎるがゆえに起きている問題だと思うんですよ。やると決めたことをやりきれず、変えたいのに変われない。自分の出来が悪いという話ではないはずです。
場面を挙げると、たぶん心当たりがあると思います。大事なことがあるのにショート動画を一気見する。ちゃんと寝ないといけないと分かっているのにNetflixを一気見して夜更かしする。目標があるのに、疲れたな、今日はいいや、と思ってサボる。ダイエット中にアイスが食べたくなってコンビニに寄る。受験中に勉強をサボってゲームをする。健康診断に引っかかってお酒をやめないといけないのに、やめられない。
やってはいけないのは、
欲求を消そうとすること
ここで僕らが必ずと言っていいほどやってしまって、けれど本当はやってはいけないことがあります。スマホを見たい、ゲームをしたい、お酒を飲みたい、お菓子を食べたい。そういう気持ちを、頭の中から消そうとすることです。
消した欲求は、我慢した分だけ大きくなって戻ってくる
僕は、そこにものすごくエネルギーを使ってきました。公認会計士試験は、1日10時間くらい勉強しないと1年では受かりません。最初に挑戦したとき、僕は3時間しかできませんでした。
小学校と中学校で野球をやっていたころも同じです。早起きして体力作りのために走る、と自分でルールを決めても続きません。すぐに甘えた自分が出てきて、やると決めたことをやりきれない。人に見えないところでサボってしまう自分が、本当に嫌でした。
そのたびに、次こそは変わると思って計画を立て直します。ルールも作り直します。それでも毎回崩れました。崩れるたびに自己嫌悪と罪悪感が残って、自分は意志が弱いのだという感覚だけが積み上がっていきます。
そこで僕がやったのが、欲求を全部敵にすることでした。サボりたい、楽したい、スマホを見たい。そういう気持ちは自分の中にあってはいけないものだから、消さなければいけないと思っていました。
結果どうなったか。最初は消せます。隠せます。でも時間の問題でした。1週間、2週間、3週間と続いて、1か月経つころには必ず戻ってきます。しかも我慢した分だけ、大きくなって帰ってきます。
ゲームをしたい自分も、本当の自分
あのころ僕がやっていたのは、自分の中にいる自分を認めずに、偽物の自分だと決めつけることでした。勉強したい自分が本物で、ゲームをしたい自分はあってはならないフェイク。目標を達成したい自分が本物で、サボりたい自分は偽物。
冷静に考えると、おかしな話です。痩せたいと思う自分も、甘いものをたくさん食べたいと思う自分も、どっちも本当の自分です。健康に生きたいと思う自分と、お酒をたくさん飲みたいと思う自分も同じです。
そもそも欲求に、いいも悪いも本来ありません。いま食べたら太るから悪い欲求だとされているだけで、昔なら目の前のカロリーは摂っておくべきものでした。環境が変わって分類が変わっただけです。
欲求を悪者扱いするのをやめて、
不完全な自分を受け入れる
その1つを、動画の言い方で書くとこうなります。欲求から生まれる行動をコントロールする唯一の方法は、こんな欲求を持ってはいけないと悪者扱いするのを、今後一切やめることです。
理想の自分と、本能的な自分。両方が自分の中にいていい。その矛盾を許してあげられるだけの心の器を持つこと。言い方を変えると、汚い自分もうまくいかない自分も自分だと認めて、不完全な自分を受け入れることです。
そんなことで何が変わるのか、どこかで聞いた自己啓発だ、と思われるかもしれません。それでも、僕はこのことに気づいて、自分の弱さや未熟さや不誠実さを受け入れるようになってから、少しずつ変わってきました。1日3時間しかできなかった勉強が、1日10時間の日を積めるようになったのがいちばん分かりやすい例です。
1つ謝らせてください。僕はこれまで、マインドセットの話をあまり出してきませんでした。それでも、悪い欲求を持ってはいけない、と受け取れるような発信をしてしまっていたと思います。自分の未熟さでした。
受け入れたあとに、自分へ問いかける
浮かんでくる思考は、どんなものでも自由です。否定せずに、そうなんだね、そういう思考を自分は持っているんだ、と受け止める。嘘偽りのない本当の心の声なんだね、と分かってあげるだけです。
そうすると、不思議と楽になります。すっと肩の荷が降りて、この気持ちは別に持っていていいんだ、と思えるようになります。
そのうえで、自分に問いかけます。
| 順番 | やること | 言葉にすると |
|---|---|---|
| 1 | 欲求に気づく | スマホを見たいと思っているんだな |
| 2 | 持っていていいと認める | そう思うのは、別に悪いことじゃない |
| 3 | 自分に問いかける | 結局、自分はどっちの選択をしたいんだっけ |
| 4 | 行動を選ぶ | 今日は、こっちを選ぶ |
一瞬の快楽のあとに長く続く自己嫌悪と一緒に生きるのか。それとも、一瞬の欲望は得られないけれど、長く続く誇りや自信と一緒に生きるのか。選択権は、常に自分の中にあります。
問いかけた結果、いまは目の前の快楽を取るほうが自分の人生にとっていい、と思うなら、それもいい選択です。どちらがいい悪いという話ではなく、自分がどう生きたいかという話だからです。目標のために払う代償のほうを受け入れる話は、モチベーションが続かない人へに書きました。
感情は天邪鬼なので、いていいよと言うと小さくなる
感情は天邪鬼です。著書にも書きましたが、イライラや緊張や不安は、いなくなれと戦ったり目を背けたりするほど、大きくなって帰ってきます。
逆に、いま自分は不安に思っているんだな、ジャンクフードを食べたいと思っているんだな、と認識して、一歩俯瞰した視点から見てあげる。戦うのも逃げるのもやめて、ここにいていいよと言ってあげると、感情は小さくなっていきます。
分かりやすい例があります。いまからバナナのことを考えないでください。絶対に考えないでください。そう言われると、バナナのことを考えてしまうはずです。
欲求と行動は別もの。
責任があるのは行動のほうだけ
大事なところなので、言い方を変えてもう一度書きます。欲求と行動って別ものです。どんな欲求や感情や思考を持っていたとしても、最終的にどういう行動をするか、そこの責任は全部自分にあります。
こういう欲求があるから行動できない、と欲求のせいにしてしまうと、そこはコントロールできません。絶対に湧き上がってくるものに責任を預けている限り、一生変わりません。
けれど、どんな欲求があっても行動はできます。勉強したくないなと思っていても、手と足は動きます。試しに5分だけ始めてみてください。始めることはできます。もちろん100%は無理です。毎回はできません。それでも、責任の所在を欲求のせいにしているうちは変わらない、というのが僕の結論です。小さく始めるやり方はやる気が出ない人へにまとめました。
誤解のないように書いておくと、欲求が湧いてこない環境を作ることや、悪習慣を断つテクニックは、めっちゃ大事です。僕が普段の動画で話しているのも、ほとんどそちらです。その上にもう1枚、この記事の話を重ねてください。
環境づくりのほうは、別の記事にまとめてあります。我慢するのではなく別の行動に置き換えるやり方と、崩れる場面を先に想定しておくやり方は悪習慣をやめる方法に、勉強する場所の選び方は避ける5つの場所を決めるに書きました。どちらが先かという話ではなくて、両方いります。
負けた日も、同じように受け止める
ここまでの話は、負けた日にもそのまま当てはまります。100%は無理です。毎回はできません。そのうえで、負けた自分を偽物扱いして消そうとすると、僕の場合はまた同じところで崩れていきました。
負けたという事実だけを受け止めて、次の行動をもう一度選び直す。手と足は動きますから、試しに5分だけ始めてみてください。
やり方を1つだけ挙げるなら、欲求の実況中継です
考え方の話だけだと使いにくいと思うので、手を動かす形にしておきます。欲求を感じたら、私はいま○○だと思っている、という公式に当てはめて、欲求の実況中継をしてください。これは1つ目の補助で、本体ではありません。
私はいま、ショート動画を見たいと思っている。私はいま、明日でいいやと思っている。それだけです。自分の欲求を客観視して、受け入れる練習になります。
ただ、公式を真似するだけでは変わらないと思っています。本質は、不完全な自分を受け入れることのほうです。
よくある質問
受け入れるのと、開き直るのは何が違いますか。
受け入れるのは気持ちのほうだけで、行動まで許可する話ではありません。開き直りは、気持ちを認めたところで止まってしまう状態です。認めたあとに何をするかで分かれます。
受け入れる感覚が、どうしてもつかめません。
感覚を待つより、書くほうが早いと思います。1日の終わりに、その日に湧いた欲求を3つだけ紙に書き出してください。評価も反省も書かず、思ったことだけを書きます。消そうとしなかった記録が残るだけでも、扱いが変わってきます。
人に話したほうがいいですか。
やめると宣言するのはおすすめしません。宣言した瞬間から、湧いてくる欲求が隠すべきものになるからです。伝えるなら、やめることではなく、やることのほうを伝えてください。
実況中継は、声に出すのですか。
どちらでも構いません。1人のときは声に出すほうがやりやすいと思いますし、人がいる場所なら頭の中で言うだけで足ります。場所で使い分けてください。
つらくて動けない日が続いています。
この記事は、日常の範囲で自分の欲求と付き合いたい方に向けて書いています。眠れない、食べられない、何をしても気力が戻らないという状態が続いているときは、考え方を変える前に専門の方に相談してください。ここに書いたことは、その代わりになるものではありません。
まとめ
この記事で言いたかったことを、最後に並べます。
- 誘惑に負けるのは、自分の側だけの問題ではない。世界が豊かすぎることのほうが大きい
- 欲求を消そうとすると、我慢した分だけ大きくなって戻ってくる
- 理想に向かう自分も、そうでない自分も、どっちも本当の自分
- 欲求と行動は別もの。責任があるのは行動のほうだけ
次に誘惑が来たら、順番はこうです。気づく、持っていていいと認める、どっちを選ぶか自分に聞く、行動を選ぶ。0か100かで考えるのをやめて、背伸びしない。本質は、不完全な自分を受け入れること。それだけです。
同じ話を、目標のために払う代償のほうから書いたのがモチベーションが続かない人へ、仕組みの側から書いたのが自己管理ができない人へです。20分の動画では、ハンバーガーを目の前に置いたまま話しています。